いつか死んでゆくであろうすべてのものたちへ

構成・演出:真壁茂夫
CAST: 佐々木敦、内田久美子、中井尋央、村岡尚子、 浅村信夫、柴崎直子、田辺沙織、江島嘉政、佐倉紀行、
STAFF: 舞台監督/長堀博士、舞台監督助手/二階堂洋右、 舞台美術/池田包子、照明/内山洋子、作曲/小田善久、館野剛、佐々木敦
音響/堀越竜太郎、映像/金丸悠児、赤瀬靖治、NAX、小道具/鴫原史江、他

会話不能、疎外など、現代社会に生きる私たちが抱える問題をモチーフに、俳優一人一人の発想から出発する。自己と他者、社会との関係を探りながら、身体、音、道具、観客・・・あらゆる角度から検証し、様々な表出行為を試みる。台本もなく、劇場という箱さえもはや必要としない。スイス/ベルン、ポーランド/グダンスクワルシャワで発表された後、東京で公演され絶賛を浴びた作品。

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この作品は昨年秋に「JAPAN NOW」という日本における現在の舞台芸術を紹介することを目的としたフェスティバルに参加し、スイスのベルンポーランドのグダンスクで発表され、そして「Rozdroze 2001ー日本・ワルシャワ特集ー」の幕開け公演として招待されたものです。さらに東京では「Asia meets Asia 2001」「Mentally Shocking Arts Collection 2002」で公演し好評を得ることができました。また、この作品はベルンでは野外公演、グダンスクでは劇場公演、ワルシャワ、東京では野外と劇場の両スペースを使っての公演と、次々と形を変えて自由な発想の中で発表されて参りました。 OM-2の一つの大きなイメージとして、劇場全体を変えてしまうような大がかりな装置、仕掛け、映像などがありますが、この作品はそういったイメージからはかなり離れて、シンプルで緊張感のある劇場空間と開放的な野外空間とを利用しながら、俳優一人一人の表現に集中していくような作りになっています。 このあり方は、観客にとって、これまでのOM-2の作品イメージを一新するものだったらしく、アンケートだけにとどまらず、手紙やE-メールなどでたくさんの感想が寄せられ、急きょ再演という運びになりました。また「かなざわ演劇祭」への参加もまり、オリジナルメンバーでの10月、11月連続公演を決定することができました。


 

OM−2のショック   寺山修司「以後」という言葉がしばしば用いられる。1983年5月に亡くなった寺山は、演劇の世界に「実験」を持ち込んだことで知られるが、彼がこの世を去ってから「実験精神」は著しく後退してしまったのだ。本来「小劇場」とは「実験精神」にこそ存在意義があったはずなのに、今や小さな空間で身近な素材を扱う小さな芝居という意味以上ではなくなった。「寺山以後」とは、そうした事態を指し示している。
 だが果たして「小劇場」も「実験演劇」も死に絶えたのであろうか。わたしは必ずしもそうは思わない。いや現代演劇が営まれ続ける限り、「実験精神」が失われることはありえないのではないか。断じてそうではない、とわたしは考える。
 OM−2の『いつか死んでゆくであろうすべてのものたちへ』(構成・演出/真壁茂夫)はこの時代にあって、なお演劇は可能か、観客に対して挑発は可能なのかを問うているように思えた。実際この日行なわれたさまざまな営み、俳優たちの行為は、過剰なまでの実験で埋め尽くされていた。そもそも幕開きにしてからが、その予感に満ち満ちていた。開演を告げられると同時に観客は場外に連れ出され、近隣の公園に案内される。野外のちょっとした空き地に8つの椅子が並べられ、ボイス・パフォーマンスがしばしとり行なわれた。その中の一人(浅村信夫)が足にガムテープを巻き付け、歩行不全に陥ったまま、椅子の下を潜り抜けようと試みる。が、それは所詮叶わぬ 夢だ。次に場を移動し、泥に塗れてゆく男(中井尋央)の身体を張った行為にわれわれは立ち合った。泥山に身を投げ出すさい、泥は四方に飛び散り、観客も泥弾を浴びることになる。再び会場となった麻布ディ・プラッツに戻ると、今度は虚ろな目でベッドに横たわる下着姿の女(村岡尚子)が待ち受けていた。あるいはカラオケに合わせて女(内田久美子)が椅子の上で飛び跳ねる。だがなにより圧巻だったのは、強迫症のように新聞や雑誌を切り抜き、部屋中に撒き散らす太った男(佐々木敦)の破壊的な行動だろう。きれいに整えられた紙の束を持参した彼は、最初のうちラジオの軽快な口笛の音楽に合わせて、せっせと新聞や雑誌から気に入ったピンナップを切り抜く。だがやがて男には変調が来し、自らを傷つけていく。血のついた顔にピンナッフを押し当て、顔形?をとる。かと思うと空中に紙をばらまき、ピンスポをもって部屋を練り歩くのだ。これはもはや狂気の沙汰としか言いようがない。だがこれもまた一方の現実なのだ。彼はこうするより他ないのだから。
 自分自身のからだを傷つけずにおれない男女たちがいる。きれい事ですまされず、逃げられない現実がある。深夜に手首を切ろうとする無数の青年のいる事実をわたしたちは知っている。彼らが抱いた虚無は個室であるがゆえに決して見ることはできない。ただ新聞記事でその一端を知るだけなのだ。ただしこれらはすべて個人の営みであり、いっさいの対話は交わされない。孤独そのものと言ってもいい。この劇はそうした都会の見えない現実に対応している。
 果たしてこの現実を演劇、とりわけセリフによる芝居で、掬いとれるだろうか。わたしたちが見ているのは、フィクションによって再構成される手前の生々しい現実であり、それを感受する身体そのものに他ならない。
 むろんそれに拮抗する言葉は存在するだろう。だがそれは彼らの事情を説明するものでもなければ、悩みを直情的に訴えるものでもない。身体のうめくようなきれぎれの言葉の断片、概して対話にならないモノローグかもしれないのだ。いっさいの演劇の約束事が不能になった地点でようやく姿を現わす原演劇こそそれに相当するだろう。
 フツーのお芝居がひどく楽天的な近代演劇の枠内でとり行なわれていることに、OM−2は、はげしくゆさぶりをかけたのである。

西堂行人 (演劇評論家・近畿大学助教授)

 

未来からの再帰  最初は何を意図しているのか分からなかった。開演時間になると劇場の外へと連れ出された。少なくともそこにあった水の入ったバケツが意味するのは遅かれ早かれそこが水浸しになる、ということだろうか。そう思ったのだが、そこから動く事ができなかった。突然、目の前で俳優がバケツをひっくり返し、激しく動き始め、周りに泥をはねつけ始める。当然、わたしも頭からツマ先までその泥を浴びるはめになるのだが、それでもそこから一歩も動く事ができなかった。泥だらけの服を代償としてでもそこに最後まで残る事をわたしは決めたのだ。 それは劇的な始まりであった。  本年の「Rozdroze 2001」は日本の現代芸術を特集している。このフェスティバルの最初を飾るグループは87年より東京を拠点に活動するマルチメディア劇団「OM-2」である。劇場の前庭でオープニングを迎えた「いつか死んでゆくであろうすべてのものたちへ」は徐々に観客を室内へと導いて行く。そこでは、新聞・雑誌・ペーパーバックが乱れ飛び、肉声は加工され、空間は様々な形へと修飾されていく。  スイス公演で映像機材が盗難に会ったため、その部分がワルシャワ公演では即興的にやらざるを得なくなったのは非常に残念であった。しかしそれでもなぜこれほどまでに注目を浴びたのか?なぜ、受付の前にはチケットを求める行列ができたのか?これには何か原因があるはずだ。現在、ポーランドの観衆は日本の前衛芸術をスポンジのように吸収している。  なぜこれほどまでに惹かれるのだろうか。思うに、日本は時間の流れが早く私達とは全く異なる次元にいるということだ。また日本は最初の原爆被害国であり、はじめての文明発展による被害を受けた国であるといえるのではないか。そういったものが芸術に取り入れられているのではないだろうか。「OM-2」の声は生身の人間の声ではなく、機械の声である。プログラムにあったテーマ「脱工業化の現代情報化社会の集団疎開」はまだ10人に1人しかパソコンの普及していないポーランドにとっては近未来小説のように映るかもしれない。しかしながら、この作品は世界が急速に向かっている現実とその警鐘として、忘れられない強い印象を受けた。

Roman pawlowski (GAZETA WYBORCZA新聞 2001.11.6 より)

 

風通しを考える季節    最近、ある種の(必ずしも芸術的とはいえないまでも)実験的な劇作を試みる劇団に対して「こんなものは演劇ではない」「演劇への冒涜だ」「演劇と名乗らないで欲しい」といった声が、識者や観客や関係者から浴びせかけられることが多くなったやに見受けられる。ネット上などで直接そういう言葉が飛び交うこともあれば、演劇賞の選考の場など“良識”的雰囲気のもとで無言でそれが語られているケースもある。これは何か“まっとうな演劇”による反動的現象なのであろうか?しかし、そのような風通 しの悪い事態はなんとも気持ちが悪い。そんなことを考えていた折り、OM−2の芝居を久々に観て、いろいろ思うことがあった。
 OM−2はかつて黄色舞伎團2と名乗っていた頃、檻に閉じこめた観客の目に視線をピッタリと合わせ、やがて泣き出す、などといった実験的パフォーマンスを得意としてた。こちらとしては「そんな、泣かれてもなあ」「おれのせい?」「何か(文句でも)?」などとちょっと困惑したものだが、その体験において自分の中に奇妙な感覚が涌き上がるのを覚え、それはそれでなかなかに新鮮な刺激ではあった。それは人の感情の動きを、背後の文脈から切り離し独立した形で観察するような体験であり、通 常セリフによって紡ぎ出されてゆくドラマ的な感情の流れを味わうのとは全然印象が異なるのである。そこに提示される感情の形態は、アナログではなくデジタル的な唐突さだ。しかも、一つ一つの断片が半端でない強度で暴力的に不条理に迫ってくる。まるで現代音楽系の指揮者がロマン主義系の音楽を指揮すると聴くことのできる或る種の暴力的な演奏のような。
 最近のOM−2は、といえば、パーカッション集団かノイズ集団かと思わせるような音楽的なパフォーマンスをよく行う。彼らがそのような音楽的アプローチに傾斜するのも、言葉によって紡がれてゆくドラマ的(あるいは物語的)な感情推移とは別 種の感情表現を音楽やノイズの中に見出し追求しているからではなかろうか。つまり、なにか合理的に理解可能な感情ではなく、不条理のイドの奥底から浮上してくる感情を、音やリズムなどに託して表現しようとしているようにも見える。しかも、そうしたことを劇場の外の公園に連れてゆかれ見せられたりもするのである。背後には東京タワーがそびえ立ち案外に風情があったりもするのだが……。
 OM−2にとっては空間もまた重要なパーツなのだ。音や空間、そしてさまざまな所作の断片といった各種パーツの突飛な組合せが、アナログ戯曲上演にはない、様々な感覚を観客に呼び起こさせる。それは、かつて西洋的な言葉中心の演劇からの脱却を目指したアントナン・アルトーのヴィジョンの焼き直しにすぎない、と辛口評論家ならば指摘するかもしれない。がしかし、OM−2を観ながら、せめてそのアルトーのことでも皆が思い返してくれれば、演劇界も多少は……そう、例えば、現代美術界くらいには風通 しがよくなるんじゃないかと、思えたりもするのだ。

ウニタモミイチ(演劇エッセイスト)

OM-2 「未完の毒気」  劇団OM-2を私はこれまで3回見たことになる。OM-2は、なにしろ観客をただでは帰さない。その一種突然変異的、また自虐的とも思える表現がとてもたまらない。言うなれば毒気のようなものが見るものにふんだんに注入される。そのためか、一度見た人は恐らく私と同じような期待感を持ち続けることになる。
 ふんだんに私に注入されたOM-2の毒気は2種類あると私は認識している。  第一の毒気は、「劇場の概念への反逆」と言う毒気である。OM-2には、多分既成の劇場は似合わないし、必要としない。むしろ新たな劇場を常に希求している。それを常に果 敢にも自ら実現 しようとしている。それがとてつもなく痛快である。どこにあっても何かが起こされる期待感が常にある。私が初めてOM-2を見たのは法政大学講堂「DANCING BOX」であった。ここで見たのは講堂の上部に据えられた約5mキューブの劇場。この中に観客が全員収容され、その周囲から演技者が取り囲み、内部 空間に攻め込むという、いわば主客逆転の構図を持ったエンドレス劇場であった。そこには小さ いがピュア‐な形で宙に浮く劇場が意図も簡易に実現されていた。2度目は神楽坂die platze「Circulate-1」。 主客逆転の楕円形劇場の構図に加え、素晴らしい映像の妙味が加わった。演者の表情が次第に床に置かれたオブジェに写 し込まれていく。実舞台と映像体との入れ子の関係が大変興味を引いた。そして3回目「いつか死んでゆくであろうすべてのものたちへ」。ライトアップされた東京タワーを背景にした東麻布。限られた暗い劇場空間と都市風景そのものとの新たな関係を果 敢にも試みる。恐らく、OM-2の希求する劇場とは、都市と既成の劇場に反逆し粒子や分子のように絡み合い、そして突然変異を起こしていくようなものかもしれない。OM-2の劇場つくりには常に、この「反逆の毒気」が充満している。
 OM-2の第二の毒気は、自虐的に繰り返される身体表現である。無言が故にこの行為の繰り返しは強烈である。その極致は、演技者全員が寸分乱れぬ 勢いで机を叩き通したシーンである。思わず息を呑んだ。常に無謀と思われる状況で無限的な身体表現の繰り返し。ガムテープを巻きつけて這い回る人間。泥と化して行こうとする人間。見ていると思わず吹き出してしまうが次第にそんなに笑えない自分自身の姿に気付かされる。古新聞を捲り続けていく人間が、段々と自分の顔が新聞に映り込んでしまうシーン。この瞬間、私の頭にはF・ベーコンの絵画のイメ ージが過ぎった。自虐的に何かの行為で繰り返し自己の皮を剥ぐように続けていく。それが心まで届くのかどうか分からないにしても剥ぎ続けていく。人間一人の最低限の抵抗行為が全て演技化されていく。OM-2が繰り返す自虐的表現は平常心理を揺さぶる強烈な毒気である。
 麻薬患者に似て、ふんだんに毒気を注入されたものとして、私にはOM-2の次なる第3の毒気を懲りずに期待しているきらいがある。それはまだイメージのレベルにしかなっていない。恐らく近い将来、都市の真只中でOM-2によってひき起こされるのではないかという妄想とでも言えるものだ。劇場の概念も演劇の概念も吹き飛ばす、限りなく痛快な表現。一度見たら忘れられないシーン。R・バルトのプンクツム(punktum)[突き刺す]よりも強 く、J・D・キリコのデ ・ジャブ‐よりも広大に行き渡る毒気。私はそれをなんと名付けて良いか分からない。しかし、そんな稀有壮大で特殊な毒気が、OM-2によってこれから創られていくのでないかという予感が私にはある。OM-2の毒気はまだまだ続く。

若松久男 (建築家)

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